<< 舞台出演情報 | main | 一粒の汗の輝き >>

伝える

image.jpg

image.jpg

何度も言いますが、ワークショップを主催しても、自分としては“教える”つもりはありません。

自分が学んできた事、経験してきた事、失敗した事、成功した事、教えて貰った事、試してきた事、叱られた事を、 僕のフィルターを通して、“伝える”ようにしています。

“伝えた”事が、実になり、“教え”になるかどうかは、受講者の意志次第。

先月は、演技の基礎的な事をメソッドで探求していきました。

今月からは、テキスト台本を基に、実践的なメソッドに移行しています。

昨日まで、台本の読解講座。

写真で見ると、講義をしてる〜って感じがしますね^_^

学校の授業で言えば、『国語』に近い感覚。

例えば、台詞の「これ」というのは何を指しているか?とかー。
この台詞はどういう気持ちで言っているか?とか、
その役の人にズバズバ指して、答えを聞いていきました。

僕もそうだったのですが、
役者は どうしても 自分の役や己が出ている場面を中心に考えがちです。

だから、物語全体を把握したうえでの、そのシーンの主旨やその役の在り方など見落としてしまう事が多いのです。

そうなると、視聴者や観客から どう見えているかまで、なかなか考えが及びません。

どうしても、その役を中心に考え、自分にはない生理を遠ざけようとします。

例えば、家があり、ある若者が訪れ、その人は実際は赤の他人なのに、そこの家の息子だと観客には提示しなければいけないとします。
往々にして、息子ではない設定だと、そこを本質と捉え、役者の生理としても 赤の他人としてしか演じられなくなるケースが少なくありません。

それでも、その家の息子と観客には思わせなくてはいけないので、そこをどうにかして咀嚼しなければならないのです。

学校の『国語』では、ここまではきっと追求しないでしょうね。

ワークショップの初日から、このテキスト台本を渡して、5月までに読み込んで、自分なりに一生懸命に考察してきて下さい、と伝えてありましたが、

ちゃんと読み込んできた人、ほとんど勉強してきてない人、
あっという間に判明しました^^;

1ヶ月間も時間があって、たった12頁しかない短編台本を読み込めないのは、役者としては致命傷です。

何故なら、現場に行けば、僕と同じように、監督や演出家やプロデューサーに、作り込んできたか、そうでないか、あっと言う間にバレちゃいますからね。

演じることは楽しいけど、楽なことではありません。

まして、それを生業にするとなれば、尚更、精進を積み重ね続けなければなりません。

今回も、勉強してこなかった人は、既に 勉強してきた人より遅れを取ってしまいます。

その人は、他の人より何倍も努力をしなければ追い付けないでしょう。

でも、それは、本当にその世界で生きたいと思うのなら、至極当然の事なのです。

そこまで、僕は遠慮なく、皆んなに“伝える”つもりです。

| つぶやき | 23:55 | - | - | - |

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Links
Archives
Categories
Mobile
qrcode
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM