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宮古島への想い

どうしても、今回、この地には行きたかったのです。
いや、行かねばならなかったのです。

どんな大きなツアーを組んでも、その中に「宮古島」の名前があると、チラシに触れた 皆さんは驚きます。

今回はまして、東京公演の後、中部も関西も九州地方も寄らずの、宮古島。

事情を知らない人には、相当に驚く公演スケジュールとなりました。

以前から僕が発信する 文章を読んでいる方には、この意味合いを理解して下さる方は多いかと思います。

もう何度も、この地で僕は公演を打ち、そして、島内の演劇活動が盛んになり、 これからだという時の、2015年の夏のツアーで、

想像を絶する事態に巻き込まれて、宮古島公演を中止せざるを得なくなりました。

誰も中止になんかしたくはありません。 苦渋の思いで決断せざるを得なかったのです。

この公演のために島内で尽力して下さった方々やチケットを握りしめて楽しみに待ち望んでいた方々の思いを、僕は踏みにじってしまいました。

正直、二度とこの島に足を踏み入れることは出来ないと、僕は思っておりました。

それが、ツアー終了後、一ヶ月もしなかったと思います。

公演中止に伴う、風評や批判が吹き荒れる真っ只中、巻き込まれた事態の収拾も覚束ない時期、完全に堕ちていく自分に、

上演予定だった マティダ市民劇場のとある職員の方から連絡がありました。

「丈さんの力が必要なんです、、。

宮古島を演劇の島にしたいと本気で考えています。
その礎を作ってくれた、丈さんの力が必要なんです」

宮古島市で劇団を作るので、演技指導や監修をお願いしたいと、仰って頂きました。

この言葉に僕は、瞳から溢れ出る涙を止めることが出来ませんでした。

こんな堕ちて行く自分を、宮古島の皆様の思いを踏みにじった自分を、まさか必要としてくれるなんてー。

以前から思っていらした事かもしれませんが、
僕が巻き込まれた事態があったからこそ、早急にお声掛けして下さったのだと思いました。

人の心を信じられなくなっていた、カサカサに乾いた自分の心に、
どこの誰よりも早く、温かな手を差し伸べて下さったのが、

宮古島の方だったのです。

この時のご恩は、お墓に入っても 僕は忘れるつもりはありません。

その一連の事態のせいで、
しばらく 芝居を自力で打つことすら出来なくなりました。

でも、いつか復活した際には、

どんな事があっても、

この島には訪れたかった。

それが、僕の使命だと思っていました。

だから、だからこそ、今回 この地へ 再び向かうこととなったのです。

今回、しかも宮古島市と劇場の全面バックアップで、招聘して頂く形となり、

JOE Companを宮古島へ招くことに、最大限の御尽力をして下さっております。

このご恩を返すのは、

東京で賞賛頂いた「ええ、アイ」を渾身の思いと魂で お観せすること。

必ず、抱腹絶倒の末、感涙にむせぶ 最高の時間を共有して頂き、僕らの思いを宮古島のお客様の心へ届けることをお約束致します。

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