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Hiroya Ozaki


1992年の本日、あるアーチストが逝った。

僕は彼に熱狂し、アルバムを聴きまくり、ライブにも惜しげなく通った。


ジェームスディーンみたいになったら、きっと伝説になるだろう、そう思っていたけど、まさか 本当に そこへ向かうとは思いも寄らず、この日の衝撃は忘れない。


芝居以外に、僕は当時、音楽活動をしていて、作詞作曲をしバンドを組み、渋谷で定期的にライブをしていた。

歌詞を大切にしたロックで、その音楽性は多分に彼の影響を否定できないものだった。


尾崎豊、僕と同じ歳。

生きていたら、校舎の窓も割れない、自由を叫ぶことも似合わなくなった年齢で、今、どんな世界を描き歌うのか、本当に聴いてみたいと幾度となく思っている。


そんなことがよぎるほど、長き時を経ているのだと思う。


そんな時、あるアーチストに出逢った。


尾崎裕哉。


その歌を聴いて、ぶっ飛んだ。


確かに声は似ているけど、そんな事じゃない。その音楽性は凌駕していると思う。

きっかけは確かに、Yutaka Ozakiだけど、耳にした一曲で、そんなことはどうでもよくなった。


すっかり僕は、尾崎裕哉というアーチストのファンになり、つい先日、彼のライブに行った。


六本木のEX THEATER、フルバンドのつもりで盛り上がる気満々だったけど、弾き語りのライブで、ちょっと拍子抜け^^;


だけど、逆にじっくり歌を聞くこと出来て、それはとても有意義だった。


アルバムは今時の音源やアレンジを駆使して、彼ならではの世界観を作り上げていたが、ライブはアコースティックとエレキを使い分け、ギター1本で勝負をした分、彼が積み重ねてきた実力を堪能することが出来た。


日本は単一民族で、そのうえ島国、保守的な考えが多くて、

きっと、彼も下らない偏見やプレッシャーと闘い続けてきたのだろう。


Yutaka Ozakiが他界した26歳という年齢まで待ち、アーチストとしてデビューする。

そこまで努力してきた下地は生半可なものではなく、一人のアーチストとして、僕を惹きつけてやまないのだ。


Yutaka Ozakiのように、カリスマになんかなる必要はない。

ライブの時の彼は、音楽を心底楽しんでいるように見えて、音を楽しむ姿に なんだかホッとした。


THEATERの客層は、半分は僕と同世代と思しき人たちだった。

きっと この人達も僕と同じ思いで 彼に最初触れたのだろう。

だけど、きっと足を運ぶのは、そんなこと関係なく、Hiroya Ozakiに魅了されたからに違いない。


だけど、アンコールで歌った、尾崎豊の「僕は僕であるために」「I love you」には、


自分のこと、親のこと、子供のこと、色々な思いが交差して、僕は  涙が止まらなかった。

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