<< メッセージ | main | 「ウッ…」 >>

言いたくない、言われたくないワケ

ホームページを立ち上げて、この“つぶやき”を書き始めた時に、一つだけ思っていたことは、極力本音でつぶやくこと。
それでも、これから書くことは究極の本音で、極力避けてきたテーマだった。人生観の核になるような話。いくら僕に少しでも興味のある人が、これを読んでいるとはいえ、余りにも露骨な至極個人的な事で(まぁ、普段も個人的な事しかつぶやかないが^^;)、もし、かったるそうだったら、今の時点で読むのを止めた方がいいかもしれない。
 二度とこの手の話はしないつもりでいる。それほどの気持ちをこれからつぶやこうと思っている。
 そんな気になったのは、懐妊報道騒動‥あ、勝手に僕がそう呼んじゃってます^^;…が発端だった。
 僕も姫も二人とも所属をしている事務所の方が、おめでたい話だし、二人とも芸能界の人間なんだからと、気を使って下さり、ネタを拾いに事務所に顔を出した新聞記者の方に言ってくれて記事になった。
 僕はその時、弟と弟の会社の方々と食事をしていて、自宅に電話があり姫が取材を受けた。質問に答えて、姫は「身内の事はプライベートな事なので、書かないでもらえますか」と伝えたそうだが、翌日の新聞の芸能欄に、見出しが“〜の初孫誕生”…参った。愕然とした。
 またこれか‥もう、うんざりだ。なんだかこれじゃあ、その人の孫を造るための、DNAを残すためだけの、僕らは道具みたいじゃないか。途端に自分が情けなくなった。世間もこうなら身内もひどいもんで、「この子だけは隔世遺伝だから、すごい」って、じゃあ俺は何だ(笑)
 まぁ、僕の人生はこの繰り返しである。著名人の父を持つ僕は、父の事を言いたくない、そして、言われたくない理由が、大きく分けると、二つほど存在する。
 一つは、何をやっても、どう努力しても、僕を形容する言葉が、“〜の息子”と、いとも簡単に括られてしまう事。もっと言いようがあるだろう。役者だし芝居をプロデュースしたり脚本だって演出だってしてる。そんな事さえ、その影に隠れてしまう事が嫌だった。誰かが僕を紹介する時も、名前を言う前に“〜の息子さんです”、これは最悪に頭に来る。まだ、三流役者と紹介された方がよっぽど納得出来る。それは自分で築き上げてきた事だからだ。
30代も終わりに差し掛かっている歳になっても、いつまでも“〜の息子”なんて言われているようじゃ、もしそれで喜んでいるようでは、男としても人生という意味でも、はっきり言って、ダメだ。
 まだそれくらいで済めばいいのだが、やっかみや色眼鏡で見られることがうざい。
 僕は、JOE Companyという場所をなぜ大事にしているのかと言うと、多くの方々の助けを借りて、自分の力で築き上げてきた場所だから。唯一の存在証明だと思っている。その場所すら、好奇な目は侵食している。
“親父の遺産がすごいから、メジャーな役者に高額なギャラを払い、立派な劇場で芝居が打てるんだ”“親の税金対策と道楽で芝居をしている”“親の関係でチケットを大量にさばき満員にしている”…なんじゃそりゃ。アホか。
 どんな想いで芝居を創り、どれほど努力して皆でチケットを必死に売っていると思っているんだ。それじゃあ、僕の作品世界観に共感して下さって、出演してくれている役者の方々に失礼だ。
だいたいそんな事を言う連中はレベルの低い人間で相手にもしたくない。 そのうえに、こんな声まである。これはあるプロデューサーの本音で、〈大物の子供〉は役者として使いずらいらしい。なんやかんや気を使うからだそうだ。面倒くさいからキャスティングしない。こうなると死活問題である。
 僕は親のスネを噛って、努力もしないで生きている人間に好感を持てないのだが、自分がはっきり言って、そう思われているのが、非常に悔しい。

 もう一つの大きな理由。これが、かなりを占めているのだが、僕は父を大変尊敬している。人類の中で最も尊敬している。それは業績がどうのというわけではない。親として人として男として生き方や器の大きさ、人間性が好きだった。
 僕の中で存在が余りに大きく父が他界した時には、精神を病み、強度のうつ状態に陥ったほどだ。
 何をしても、そんな父の顔に泥を塗る結果を招きかねない立場が辛かった。
人生はチャレンジして、失敗をして、また、はい上がってくるもんだと思っている。失敗するたびに、「あいつの親、知ってるか?‥あれだよ」と親を持ち出され、親まで恥をかくことになる。酒を飲んで大騒ぎしているだけでも、言われてしまう。僕個人の問題が確実に親に跳ね返る。それはキツイ。
 せっかく、真摯に毅然と父が僕に人生を教えてくれたというのに…。
 僕が小学生の頃から、人生は自分で責任を背負って生きるものだ、と徹底された。自分がやりたい事を見つけ、好きなように生きていいが、自分で自分の人生の責任を取れ。誰のせいにもしてはいけない。
「大学を出るまでは面倒をみてやるが、あとは自分で生きなさい」これが父の口癖だった。
そして、こうも言った。「俺は遺産を遺すつもりはない。そのお金で映画を撮るつもりでいる」父は、映画を撮ることと、小説を書くことが夢だった。これは父の我儘なわけではない。自分でお金は稼ぎ、自分の手で夢を追い、自分の力で人生を築くことを必死に教えてくれていた。
 僕が小学生の頃から十代にかけて、これらの事だけは伝え続け、決して子供扱いせず、一人の男として、人間として、真正面から向き合い、本音で、しかも友人に話し掛けるように接してくれた。
 だから、僕も自分の足だけで歩きたいと思った。だからこそ、父のことは自分から言いたくもないし、言われたくもない。父がそこまで親身に教え続けたのに、世間の声や目は簡単にねじ曲げてしまう事が堪え難いからだ。そのたびに、父には申し訳ないと思う。
 父が他界してから、より一層人間が見えてきた。父の他界を機に、急に離れていく人々。長男ということで、逆に突然近づく人々。“〜の息子”と知り合いなんだと、自慢気に話すような人々。正直言って、こんな人達は好きになれない。
 それでも、吹っ切ろうと努力をしたことも何度かあった。ワイドショーかなんかで二度ほど〈お宅訪問〉のようなコーナーに出演して実家にまで行ったりしたけど、余計ドツボにはまった。父関係の人からは、それを見て、「あいつは何やってんだ」と言われ、知り合いでもない伯母さま方からは町を歩いていると聞こえるように「あれ、あれ、息子、息子、この間死んだ、死んだのいるじゃない。なんだか、ほら、作家かなんかの‥」‥なんだろうなぁ、まったく。
 しかしながら、こんな呪縛に長い間捉われているのは、すべて自分の責任であることは自覚をしている。
自分の演技や作品が、もっと高いステージにあり、もっと多くの人々に認められているのであるならば、恐らく、そんな世間の目や声は今より少なくなっているだろう。何よりも自分自身が気にしなくなる。中途半端だからこそ、ムキになる。自分の器が小さいだけの話だ。
 それを認めながらも、いつも心には「ふざけんな」「畜生」「今に見てろ」そんな反骨心があり。それをバネにして、それだけで生きてきた。
確かに、「もういいや」とか「もうダメだ」と思いそうになるのを、その気持ちで跳ね返してきた。もし、この感情が無ければ、ただでさえ、だらしないのに、もっと、だらしない人間になっていただろう。そして僕の嫌いなボンボンに成り下がっていたはずだ。
いい歳こいて、なに青臭いこと言ってんだ、と思われるかもしれないが、今だにそんな事を本気で感じて、夢を追っている自分も間違いなく存在する。
 もし、自分の呪縛を取り払う方法があるとするならば一つしかない。それは、必死に努力し、とてつもない演技を観せるか、圧倒する作品を創って、下らない声を払拭するしかないだろう。
 今、書いている小説は正直に打ち明けると、父の遺作である。人気シリーズの完結編で父のファンが30年越しで待っているもの。最後の入院で、それだけは遣り遂げようと必死な姿を見ていた。しかも、それを小説として書いていた。最期の最後に、“小説家”という夢も父は叶えようとしていたのだ。
これだけは、僕が出来る唯一の親孝行だと思い、その父の願いを叶えようと思っている。
ゴーストライターのように影で書き上げるつもりだったが、“責任”の所在を考えた。もし不評な時は父にその評価が全てのしかかる事がいたたまれず、堂々と名前を名乗って自分で責任を背負おうと思っている。
ヘタな作品にあがったら、それは全て僕のせいである。その気持ちで書き始めた。
 上巻、中巻に関しては、プロローグ、エピローグを一つと考えたら、全部で10のエピソードがある。そのうち父が小説として遺しているものが、不完全な作品も含め、4つ。それを、そのまま書籍にするか、僕が手を入れるかで話し合い、今、結論が出てないままでいる。
 僕としては、そのまま載せてほしい。別に作業が大変だからというわけではなく、せっかく父が入院中、大変な思いで書き遺したものだ。それとあえて、僕が書いた作品と比べられたいと思っている。これはある種、無謀なことではあるが、
産まれて初めて、同じ土俵の上に立ったのだ。こうなったら競い合いたい。のぞむところだ。
 先日、脱稿したフランスの物語は、主藤さん曰く、一番出来がいいそうだ。短期間で小説に慣れてきたんだと思う。
確かに、6月に脱稿したドイツの物語は書き上げてから、僕自身もしっくりいってない部分も多く、脱稿後すぐに、納得いかない部分を箇条書きにして主藤さんに渡していた。主藤さんも、フランスの物語がここまでレベルが上がったのだから、以前に書いた原稿ももっと良くなると言ってくれた。
じゃあ、何処を書きなおしましょうか、といった話になった時、「頭から全部書きなおしますよ」と言って、その後、後悔した(笑)
クオリティが上がるのだったら、出版時期を遅らせてでも、とことん行きましょう、と版元の角川書店も言ってくださっている。
 完結するまで、全3巻。あと2年はかかるだろう。これを書き終えたら、二度と父親に触れずに生きていきたいと思っている。
そして、出版の際にも、息子が書いただの、DNAだの、親子共演みたいな売りだけは二度としたくない。父がそう接してくれていたように、一個人として関わりたいし、競いたい。その代わり、作品のクオリティはどんなことがあっても上げたいと思っている。
最後の親孝行と、僕が長年抱え込んでいる呪縛から抜け出すためにも―。
| つぶやき | 00:08 | - | - | - |

01
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Links
Archives
Categories
Mobile
qrcode
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM